x31hook's blog

何の考えもなくフリッカーアカウントを削除したせいで古い記事の写真がありません。あしからず。

20分間のランデヴー 第四回〜8時半の男〜

いつものようにタクシーに乗り込む。念のため、助手席上の運転手さんの名前と写真をチェックするようにしている。

今日の運転手さんは、8時半の男、宮田(古くてすいません)に似ている。ラジオからは野球中継。まさかと思ったらやはり巨人戦だった。私は公称阪
神ファン(会社では)。甲子園にも何回か足を運んでいる。しかし実際はただの野球観戦好きなので(勿論甲子園では阪神を応援するけど)そこまでのこだわり
は無い。当然の成り行きで野球の話になった。







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盛り上がったのは折りしも直前に球場に姿を現したミスター、長嶋茂雄の話だ。


「私はねぇ、泣きましたよ。」


と運転手さんが言う。思い入れはだいぶ強いらしい。私は長島信者ではないが、”プロ”野球というものに最も貢献したのは長嶋だと思っている。私は、プロとは、観客を意識して、観客を楽しませて対価を取るものであると考える。その点では長嶋は頭抜けていたと思う。




わざとワンサイズ大き目の(小さ目のという説も有るが)ヘルメットをかぶり、フルスイング。ヘルメットが外れる事により勢いをアピールしたり、
ショートの守備範囲のゴロを敢えてサードの長嶋が捕球することによってエキサイティングなプレーに魅せる(見せる)。天覧試合のホームラン・・・そんな話
で盛り上がった。




「でもねぇ、これからはサッカーなんじゃないかと思うんですよ。」


と運転手さんがぽつりと言う、どこか悲しげに。この人は今でも野球をやっているのだと言う。(推定50代半ば)けれども、


「サッカーの方が見ていて格好よいでしょう。それに今公園でキャッチボールとか出来ないし・・・」


「そういう状況って悲しいですよね。親子でキャッチボールするのが平和な家庭の象徴なんだと思ってましたけどね。」


と返すと、運転手さんは


「言葉は要らないんですよ。球の勢いやなんかで息子の気持ちが伝わってくる、キャッチボールを通じて無言で親子の会話をしているっていうかね。」


と答えた。




そろそろ家が近くなってきたので、私は持論を展開する。新庄の話である。今日本の球界で、最もファンのことを考えプレーしているのは彼じゃないかと。


運転手さんも強く納得してくれた。


「やっぱりスターが必要なんですよ。そこにいるだけで華があるスターが。」




気がつくと、話が盛り上がりすぎて家も間近。私の声は何故か枯れていた。降車のとき、運転手さんが、


「今日は楽しく運転させて貰いました、ありがとうございます。」


と言ってくれた。そんなことを言われたのは初めてだったので、嬉しくなって、


「こちらもですよ。今日はちょっといやな気分でタクシーに乗ったのですが、大変楽しかったです。」


と答えた。




実は後輩の相談を受けていたがその過程で非常に頭に来た為にタクシーに乗って帰ったのだった。そんな嫌な気分を中和してもらい、更に非常に盛り上がった20分だった。

※「8時半の男」こと宮田征典氏は、7月13日に亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

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